研修会名 オホーツクADHD&LD懇話会 講演会
日  時 2003年2月22日(土)14:00〜
場  所 日本赤十字北海道看護大学 1階講義室
演  題 「高機能広汎性発達障害の理解と具体的な支援に向けて」
講  師 北海道教育大学旭川校 障害児臨床教室 助教授 安達 潤先生

 
 *以下は、講演会の内容から抜粋したものです。係による要約を安達先生が自ら加筆されていますが、講演内容の全てを表すものではありません。
  
・ 「軽度発達障害」とは、障害が軽度という意味ではない。知的な遅れは軽度(標準前後)だが、生活適応上の他の側面に問題があること。例えば、知的障害は標準前後だが、自閉症の特徴があったり、ADHDの特徴があるなど。
 → こういった特徴は主に行動上の問題として現れ、しかも障害を抱えているとはなかなか認識してもらえないため、周囲からは「わがまま」などと決めつけられてしまう。

・ 以前はIQ70を越えると、療育手帳をもらうのは難しかったが、最近は、軽度発達障害の問題が認識されてきており、IQが90でも「自閉症」という診断があれば、療育手帳を発行するところが増えてきている。(ただし地域差はある)

・ 高機能自閉症(HFA)とアスペルガー症候群(As)とでは、支援の方法は同じ。ただし、Asでは、定義上、2歳時点でのことばの遅れが認められない(目立たない)。

・ 古典的な自閉症観では、自閉症の75%に知的障害が見られると言われてきたが、現在では、逆に自閉症全体の75%が高機能であるというデーターもある。この事実を考えると、典型的自閉症は、古典的タイプの自閉症ではなく、むしろアスペルガータイプと考えた方が自然。そしてAsを自閉症の中心としてとらえると、知的障害を伴う自閉症の人たちは、自閉症と知的障害の合併症例であり、教育的支援においても重度加算の対象となり得る。これはこれからの自閉症支援の運動論として位置づけることができる。

・ 支援に関しては「この子の障害は何か」よりも、「その子のニーズ(必要な支援)は何か」を考えた方が良い。例えば・・・
→ 就学前はADHD(注意欠陥多動障害)の面が強かったが、就学後はPDD(広汎性発達障害)の面が強く出るなど、「障害名」は加齢とともに変化する。

→ 多くの本に書かれてある自閉症の基本的特徴は診断基準を反映した者であって、鑑別のために書かれている。支援のために考慮すべき特徴は、また別に考えた方がよい。ここでは、5つの主要特徴を支援のための特徴と考える。

1) 対人交流行動の質的障害
2)コミュニケーション(speech)の質的障害
3)興味の限局やこだわり、
4)想像力の障害(欠如ではない)
5)感覚知覚過敏

・ 自閉症の中核障害は「シングルフォーカス」と「感覚知覚異常」と考えられる。
シングルフォーカスとは、同時に二つ以上の事柄を意識内に捉えることが出来ないこと。
そのため、生活上に様々な不適応が生じてくる。

・ 例えばある高機能自閉症の人は、椅子に座ることと授業を聞くことが同時に出来なかった。そして、その人が最も注意を集中できる姿勢は、寝転がって脚を投げ上げる姿勢だったが、学校環境の中ではそのようなことは許されるはずもなかった。

・ また、シングルフォーカスの特徴があると、同時に複数の刺激要素を処理しないとその意味合いが浮かび上がってこない「他者との社会的交流状況」を十全に理解することが出来ない。相手が発信する社会的交流刺激の一部だけから、その状況を解釈してしまうために、誤解が生じてしまう。

・ 例えば、「笑っているから、好意を持っている」とか「大きい声で怒鳴るように喋り書けてきたから、悪意を持っている」等々。

・ 自閉症一般の特徴と言われる「視覚優位」もシングルフォーカス特徴から説明が可能。視覚刺激は、一般に持続提示されていることが多い(持続刺激)ため、何度も見直しが可能で、マイペースのやり方で刺激対象を処理することが出来る。一方、聴覚刺激は、時間が経つと次々と消えてしまう刺激(一過性の刺激)であるため、過ぎ去ってしまう刺激部分を記憶しておかなければ全体像がつかめない。しかし、多くの刺激部分を同時に記憶し、使えるようにしておくことは基本的に、複数同時作業であるので、シングルフォーカス特徴を持つ自閉症の人には苦手。だから、自閉症の人には視覚優位の特徴が見られる。

・ さらに、発達障害とは、人生の最早期からの「適切な発達を支える環境との相互作用が歪みを受ける障害」であり、そのために、放置しておくと二次的な障害が生起してくる。出来るだけ早いピックアップと適切な療育が必要。また、上記のシングルフォーカス特徴が発達障害として影響を及ぼすために、視覚的思考といった自閉症に特有の認知特徴が作り上げられてくる。

・ 人の手を物のように引っ張って要求する「クレーン現象」は、「人を人として認識していないから」とされているが、そういうとらえ方ではなくて、「シングル・フォーカス」(単眼視)としてとらえると、別の意味が浮かび上がってくる。つまり「自分の要求を満たしてくれる対象の最も顕著な部分、すなわち“手”だけの認知が強調されてしまっていた」ことが考えられる。その意味では、クレーン現象は、他者と関わりあうことを拒否することの表れではなく、「他者の手」だけしか手がかりとならない状況で他者への愛着行動を示している状況だとも理解できる。つまり、クレーン現象は、「手への代替的な愛着行動」とも言える。

・対人交流上の支援としては、「この子の気持ちは今、高ぶっているか」をイメージしながら接することが、子どもと仲良くなる秘訣。初対面の大人に対しては、気持ちが高ぶる。子どもの「覚醒水準」をイメージして、今どのような接し方が適切かを考える。自閉症の子どもは、適正覚醒水準を維持できる刺激強度の範囲が狭いので、その隘路に上手くはいっていくことが必要。つまり、適切かつ微妙な関わり方を通して、「覚醒水準を、上げすぎない/下げすぎない」状態を維持していくことが大事。

・ 「自閉症の子は、ごっこ遊びをしない」と言われるが、ごっこ遊び的な行動は、特に高機能自閉症児の場合にはよく見られる。一般に、ごっこ遊びには「再現する要素」(記憶の中にあるストーリーや動きを再現する)と「再演する要素」(キャラクターの心の状態を演じる)とがある。自閉症の子は「再現する要素」が多く、いつも同じストーリー、同じやり方、丸覚えのやり方、大好きなビデオをそのまままねることが多い。また、単なる物まねでなく、自分でストーリーを作っていたとしても、柔軟性やその場その場での展開性に欠け、自分の考えたストーリーの中で他人の役回りを決めて強引にやらせようとすることがある。

・ 自閉症の子どもの遊びの支援については、「遊びのルーチン化」(決まったパターンにする)ことで、見通しが立てやすくなる。スピードを極端に変化させたりすると、子どもは混乱する。固定し、見通しがつく遊びの中で、どのタイミングでどんな風に他者が関わってくるかがわかってくるので、コミュニケーションができてくる。その状態をスタートとして、ルーチンを少しずつ崩し、少しずつ多様性を広げ、多様な状況への対応力を育てていくことが重要。

・ 自閉症の子どもたちや人たちと関わる場合には、まず「この人は敵ではない。ケアしてくれる人である」というイメージを作ることが重要。ルーチン的な関わりの中で、自閉症の子どもに安心感を持ってもらうことが必要。

・自閉症に特徴的なこだわりと言われることも、彼らのルーチン的な理解の枠組みが原因となっている場合がある。例えば、IQが高い自閉症児が幼稚園で何か怒られるようなことをして、その時に、先生に頭をコツンとされてから許してもらった。
 → この後、ささいなことで怒られても、頭をコツンとしてくれないと嫌だと言うようになる。(たたかれることが許される合図だと学習してしまった)。このケースについて幼稚園の先生から相談があった。
 → このケースへの答えは、先ずは本人が納得できる範囲内で最も軽くたたき(触れるだけでもよい)、そのあと頭をなでなでする、というように、本人の物の見方を尊重しながら、徐々に変化を入れていく。そのうち、なでなでだけにして、「なでなで」と「許し」が結びつくようにするという方向に持っていく。

・自閉症児の問題行動すべてを単なる「こだわり」ととらえてはいけない。こだわりには「接近性」と「回避性」がある。
  → 電話の受話器をとろうとする行動は、「受話器へのこだわり」ではない可能性がある。むしろ、感覚知覚過敏のために、突然なり出す電話機が怖く、そしてその怖い音を出来るだけ早く止めるための行動として「受話器を取る」という行動が一づいている可能性がある。つまり「ベルの音に対する恐怖心のため、鳴ったらいつでも受話器が取れる状態にしている」という可能性がある。大事なことは、教科書的に書いてある自閉症の特徴から、目の前の子どもの行動の意味を決めつけていくことではなく、その子どもが周囲の世界をどのように捉えているかという、その子どもの主観的な世界の捉え方を、妥当性の高い形で推測していくことが重要。

・ 自閉症療育に効果的と言われる「構造化」とは、「非明示的手がかりの明示化」である。

・ 「非明示的手がかりの明示化」とは・・・
  私たちは日常生活の中でさまざまな構造を利用している。それは意識している場合も、意識していない場合もある。「非明示的手がかりの明示化」とは、私たちが適応のための手がかりとして利用している構造の中で、自閉症の子どもたちがその認知的問題のために利用できない構造を、彼らが利用しやすい形に表現し直すこと。
  構造化とは、環境に構造を与えるだけではなく、既にそこにある構造を浮かび上がらせるという意味合いを持つ。

・ 例えば、私たちが長机に二人がけしている時に、机のどの辺りまで自分の物を置いて良いかは、隣の人が怖そうな人か、勉強していそうな人か、など様々な情報から判断する。鬼ごっこでは、誰が鬼かを見逃したとしても、周りの人の逃げ方をみて想像できる。初めての集団では、どのように振る舞ったらいいか、「目に見えない手がかり」を使って判断できる。しかし自閉症児には困難。こういった場合に、長机の真ん中にテープを貼るとか、鬼は帽子をかぶるようにするといった設定をすることが「構造化」である。

・ しかし自閉症とADHDを合併している子どもには、一般的に構造化だけではうまくいかない。環境の構造化を認知できていても、その衝動性のために、「構造」を易々と乗り越えていってしまう。この場合には、視覚的構造化の手法と応用行動分析の手法をセットで用いていくことが必要。

・ 高機能自閉症の子どもたちは多くの社会的状況で困難に直面するが、その場合には社会的ストーリーという支援方法が有効。これは文章や絵本のような形で、当該のトラブル状況をシミュレーション体験するやり方。社会的ストーリーの中で、その状況で起こっていること、その状況に関わっている人たちが何を感じ何を考えているか、自分の行動が周囲に及ぼす影響、どの状況で適切に振る舞うためにはどうすればよいか、といった知識を得ていき、実際の当該場面での適応を上げていくことが出来る。

・ 実際のトラブル場面では、本人の気持ちが高ぶってしまって状況全体を見渡すことが出来ないが、社会的ストーリーのようなシュミレーション体験を利用すれば、本人が落ち着いている状態で、当該の社会的状況の意味合いを理解していくことができる。

・ 感覚過敏の問題は、二つの視点が必要。一つは、純粋な感覚知覚過敏。この場合は、本人にとっての苦手刺激に慣れていくということは非常に難しい。だから、周囲の関わりとしても、苦手刺激に慣れさせていくといった働きかけをしないことがよい。実際、私たちにも慣れることの出来ない刺激がある。例えば、黒板を爪でひっかく音を何度も聞いていたら、気持ちよく聞けるようになるだろうか・・・? もう一つは、過去の嫌悪体験から特定の刺激が苦手になった状態。この場合は、嫌悪体験の受け取り方を修正していくことで、その特定の刺激への苦手さを軽減していける可能性がある。例えば、掃除機の音が苦手な場合でも、上で述べたような純粋な感覚知覚過敏でなければ、楽しみながら掃除の体験をしていくことで、掃除機の音への苦手さを取っていくことも可能である。しかし、厳に慎まねばならないのは「自閉症の人たちの感覚知覚過敏も、とにかく慣れさせていけば、軽減してくる」といった根拠なしの経験主義に基づいた判断をしないことである。その人の感覚知覚過敏が純粋性のものか、学習性のものかをきちんと判断していくことが重要。